役人がもてる

「本来自分が主張すべきことがあっても、自分の立場が不利になるときは黙っていることが多いですか」という質問に対し、「はい」という答えが最も多かったのが石川県でした。

この結果と一脈相通ずる県の特徴が、役人の占める位置が非常に高いことです。

金沢市内の酒場で飲むときでも、市役所や県庁勤めの役人なら初めての店でもツケを断られることはまずないんだそうです。

江戸時代、最大の外様大名だった前田家の加賀100万石では、文化の主役は町人ではなく侍でした。

そこが大坂や京都、江戸とは違っています。

江戸や大坂の町人は、表向きは武士にペコペコしていましたが、腹の中では舌を出していました。

ところが、金沢の町人は心の底から武士を尊敬していたのです。

石川県は輪島塗や九谷焼といった日本の伝統工芸のメッカです。

しかも、昔から加賀へ行くと「天から謡曲が降ってくる」と言われたほどです。

屋根葺きや植木職人までが謡の一説を口ずさんでいるからで、それも能楽をたしなみとしていた武士の影響です。

武士を心から尊敬する町民は、利益に対して淡泊な態度を取っていました。

しかも、武士に負けないだけの教養を身につけることが出入りの条件でした。

こうした歴史が、石川県人のおっとりと上品で、しかも権力に弱い性格を作り上げたといえます。

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恐怖!死体で子育て!?

動物の死体によくたかることから、シデムシ(死出虫)と名付けられている虫がいます。

このシデムシには、またエサを土中に埋めて食べるという習性があります。

そうしたことから、マイソウムシ(埋葬虫)と呼ばれることもあります。

シデムシの仲間は日本には29種類が分布していて、小動物の死体をエサとして生活しています。

シデムシの一種のモンシデムシは、エサの死体を巡って敵、または仲間と闘争します。

野外で死体が出ると、その匂いにつられてモンシデムシをはじめ、いろいろな昆虫が集まってきて、エサを巡って争いが起こります。

数匹のモンシデムシが勝利すると、死体の下に潜り、それを埋めやすい場所まで移動させ、死体の下の土をかき分け、死体を埋めるのです。

そして今度は、仲間同士でケンカをし、勝ち残ったオスとメスが夫婦になり交尾をします。

この夫婦は、死体の羽や毛を取り去り、吐き戻したものや排泄物などを塗りつけ、表面を細かく砕いて団子状にしていきます。

やがてメスが産卵し、数日後にふ化すると、その団子状のものを幼虫に与えます。

夫婦は共同で幼虫を育てますが、オス親が自分の子に給餌するのは、昆虫の世界では大変珍しいことだということです。

ホタルイカはなぜ光る?

ホタルイカは、ホタルのように光を発します。

その発光物質も、じつはホタルと同様のものなのです。

ホタルイカは、ルシフェリンという発光物質と、それを発光させるルシフェラーゼという酵素を持っています。

ルシフェリンがルシフェラーゼによって酸化されることで、光を発生させているのです。

ホタルイカの発光器は三種類に大別されます。

腹部前面にある皮膚発光器、第四腕の先端にある腕発光器、眼球の腹側にある眼発光器の三つです。

昼間、ホタルイカが海を泳いでいるとき、その下にいる動物から見上げられると、背景の明るい空(水面)に対してからだが影になりはっきりわかってしまいます。

そこで、カムフラージュのために皮膚発光器から光を発します。

光を発することで、影を消して的に発見されないようにしているのです。

ホタルイカ漁のときにイカが発光している姿を見ることができます。

その光は主として腕発光器からの光で、危険を感じたときや、的に狙われたときなどに発し、その目をくらますという役目をしているようです。

眼球の腹側にある第三の発光器である眼発光器は皮膚で覆われ、その光は弱いんだそうです。

そしてその役割はまだ解明されていません。

メスが子育てする魚

魚の世界では、卵を守って子どもを育てるのは、ふつうはオスのほうです。

卵を産むのはもちろんメスなのですが、メスは卵を産むだけで、子育てはしないのです。

子育てをするのはもっぱらオスの役目ということになっているのです。

しかし、これにも例外がありました。

オスとともにメスが子育てに参加する魚がいたのです。

モンガラカワハギ科のゴマモンガラのメスは、その珍しい部類の魚で、産んだ卵を自ら保護し、育てるんだそうです。

モンガラカワハギ科の魚は一匹のオスが複数のメスとハーレムを作り、オスの縄張りの中に、数匹のメスが散らばって、小さな縄張りを持っています。

メスが産む卵は、海水よりも比重が重いので海底に沈みます。

メスは卵のそばから離れず、たまに最初のうちだけオスが手伝うこともあるようですが、ほぼメス自身が守り、ふ化するまで世話をするんだそうです。

水棲動物の卵は柔らかく、精子を受け入れることができます。

そのため、メスが産んだ卵にオスが精子をかけます。

メスは卵を産んだら立ち去ることができますが、オスは立ち去ると別のオスに精子をかけられてしまうかもしれません。

だからその場を離れることができないのです。

おかしなナマケモノ

木にぶら下がっているナマケモノは、とても不思議な生き物です。

いろいろな点で、普通の動物とは違っているようです。

最も顕著な違いといえば、やはりずっと木にぶら下がって逆さになっていることでしょう。

ナマケモノはほとんど1日中ぶら下がった姿勢のまま、眠ってばかりいるそうです。

ぶら下がりっぱなしだと、手が疲れたりしないのか気になります。

まあ、疲れるくらいなら、1日中ぶら下がってたりはしないでしょうけど。

ナマケモノは死んでも長い爪を木の枝に引っ掛けてぶら下がっているんだとか。

ナマケモノにとって、逆さになっている姿勢が自然な姿勢なのです。

そのため、ナマケモノの毛並みは普通の動物とは反対向きに、腹から背のほうへ向かって流れるようになっています。

ですから、背を上にした姿勢になると、毛が逆立ったように見えます。

哺乳動物の首の骨の数は7個ですが、ホフマンナマケモノは6個しかなく、ミユビナマケモノにいたっては9個あります。

フタユビナマケモノは7個です。

ミユビナマケモノはフタユビナマケモノと比べて首が長く、またその首は270度も回転させることができ、ぶら下がったままの姿勢で下を見ることができるのです。

にぎりの卵焼き

にぎり寿司の寿司ネタといえば、やっぱり魚介類ですね。

マグロ、アナゴ、コハダ、ヒラメ、エビ、イカ、アワビ……

そして、ちょっと異質な卵焼き。

寿司ネタのほとんどは魚類、甲殻類、貝類などの海のものです。

そこに卵焼きとは、いったいどういった敬意で寿司ネタになったのでしょう。

卵焼きは江戸時代からにぎり寿司の寿司ネタになっていたようです。

にぎり寿司は江戸時代後期の文政年間(1818~1830年)に江戸両国の華屋与兵衛がはじめたといわれています。

江戸時代の風俗についての考証的な随筆『守貞漫稿(もりさだまんこう)』に、「江戸・今製はにぎり寿司なり。鶏卵焼、車海老、海老そぼろ、白身、マグロのさしみ、こはだ、あなご甘露長のまゝなり」とあります。

江戸時代の中期、飯に酢を加えて作る早寿司が考案され、箱寿司や巻き寿司が作られるようになります。

箱寿司は寿司飯を箱形の枠に敷き詰め、その上に魚介類などを並べ、押し蓋で押したもの、押し寿司ともいいます。

この箱寿司には卵焼きも使われ、また卵焼きは巻き寿司にも使われていました。

江戸時代の後期ににぎり寿司が誕生しますが、にぎり寿司にも箱寿司や巻き寿司に使われていた卵焼きが引き継がれていったようです。